2014年12月22日

マイナーチェンジでアテンザは再び加速するのか?

  沢村慎太朗さんが先日発売された最新刊「午前零時の自動車評論8」の中で仰ってましたが、「西欧文化のフォーマルなしきたりを重んじる価値感から生まれたセダンは、ホワイトカラーとブルーカラーの境目すらハッキリしない日本で確固たる地位を築く事は最初から無理だった」なんだそうです・・・。なんだかセダン愛好家としては面子を完全に潰された気がして、思わず悲しくなりました。沢村さんの評論の多くは大局を見据えたものが多く、それと同時に他の凡百な評論家の偏狭な論調に激しく噛み付くこともしばしばなんですけどね。少々失礼ですが今回ばかりは沢村さんが結論ありきの「方便」を安易に使ってしまい墓穴を掘ったのではないでしょうか。

  日本でセダンが売れていない理由を沢村流に語ると、回り回って「日本人が西欧かぶれしている様は見ていて滑稽だったから」というなかなか乱暴な着眼点から、「多くの人が滑稽さに気づいてセダンを買うのをやめた」という結論になるようです。まあ言いたいことは何となく解るのですが・・・反論したい気持ちがうずうずします。ドイツには「カンパニーカー制度」があって、Sクラス・Eクラス・7シリーズ・5シリーズといった上級セダンは役職に応じて会社から貸与されるシステムがあります。だからドイツにはセダンの需要が根強くある!なんて書いたところで面白くもなんともないから、とりあえず日本の「猿真似文化」に帰結させるなんて・・・、これでは沢村さんが常々に忌み嫌っている欧州車に頭が上がらない単細胞な評論家と同じ思考パターンに陥っている気がします。日本にもかつては、クラウンが役員・マークUが部長・コロナが課長・カローラが係長みたいな暗黙の了解が成立していた時代もあったようですが、プリウスの登場以来そんなヒエラルキーは完全に過去のものになったようです。

  沢村さんの今回のレビューの何にイラッときたかというと、「西欧的な価値観におけるセダンの価値」に関しては全く否定しないというやや前近代的なインテリ馬鹿にありがちな歪んだ姿勢が見える点です。欧州人とそのクルマ文化があたかも地上で最重要に伝統を重ねているという前提(プロパガンダ)が現在もまだまだ続いているあたりが、またまた失礼ですが50代の思考な気がします。実際のところカンパニーカー制度が徐々に崩壊しつつある中で、欧州でもセダンの地位は相当に危ういものになってきています。むしろ世界的なセダンの文化を自国市場で存分に消化し、「VIPカー」といった独自のセダンのムーブメントをアメリカ市場に上陸させるまでに至った日本独自のセダン文化こそが、現在の世界のセダン・マーケットにおける最大の庇護者(潜在ユーザー)と言ってもいいと思います。

  近所の幹線道路を走っていると、旧型メルセデスのような風格を備えた10系、20系セルシオがまだまだ現役で走っています。セドリック、ローレル、クラウン、マークUといった旧式セダンを楽しんでいるのは、老若男女そして日本人も在日外国人も関係なく想像以上に多いです。またメルセデスやBMWのプライベートセダンに個人ユーザーとして最も愛情を注いでいるのも日本市場じゃないですか?という気がしないでもないです。例えばBMW専門のチューナーであるアルピナにとっての世界最大の市場は日本ですし、「D5」(5シリーズの6気筒ディーゼル)などは日本でしか販売されていないスペシャルモデルなのだそうです。世界の実力派セダンを積極的に購入している日本のセダン・ユーザーは世界の自動車市場に最後に残った貴重な購買層と言えると思います。

  中国・中東・ブラジル・ロシアで最近売れているメルセデスやアウディはぶったまげるようなロングボディの最上級セダンです。あまりの売れ行きにアストンマーティンも急ごしらえで中東市場専用のロングボディ(5.4m)を持つセダン「ラゴンダ」を発売して参入してきました。一方で日本市場では従来からのあるがままのセダンのスタイルを受け入れていて、W124などの古き良きセダンに思いを馳せるような保守的なユーザーも多いです。新興市場でのクルマ選びは良く言えば圧倒的な「現実主義」で、超高級車の価値に見合うような、過剰な演出に使われるショーファーカーとしてセダンが新しくそして異質なものへと大きく変容・成長しています。日本と新興市場どちらが本質的に正しいということはないですが、日本のプライベート・セダンユーザーも、新興国のショーファーカー利用層も、世界の自動車文化がさらに深遠化するためにはどちらも不可欠な存在だと思います。

  そんな世界の自動車業界にとっての最後の希望とも言える「日本セダン党」に安易に喧嘩を売った沢村氏の動向には今後も注目したいと思いますが、最近では「日本セダン党」が色めき立つようなナイスなセダンが目白押しです。良いセダンを作れば誠実な「日本セダン党」はそのメーカーを一生懸命にバックアップしよう!と思います。そしてこの3年間に予想を超えて出現した潜在的セダン愛好家の数にもびっくりさせられます。2011年の「トヨタ・カムリHV」のスマッシュヒットを皮切りに、2012年の「BMW320d」と「アテンザXD」がディーゼル導入でブレイクし、2013年には「レクサスIS350Fスポ」「マセラティ・ギブリ」「BMWアルピナD3」の次世代スター・ビッグ3が800~1000万円くらいにも関わらずガッツリと高評価を受けて先代から売上を大きく伸ばしました。そして2014年に入ってからも「スカイライン350GT」が前評判通りに売れました。

  GJアテンザは見事にレクサス(トヨタ)、日産、BMW、マセラティといった超一流のセダンブランドにも全く引けを取らないほどのインパクトを市場に残してきました。こういう言い方をすると嫌われるかもしれませんが、従来のマツダ車が持っていた実力を一般の他社ユーザーにも知ってもらうために、「デザインを分り易く」して、HVに経済性で対抗できる「ディーゼル」を導入し、「広告宣伝」に力を入れました。何よりインパクトがあったのが、メルセデスやレクサスを軽く喰ってしまうほどの映える「赤」の外板色です。マツダのセンスの高さを世界に知らしめた「赤」は、アテンザ登場から2年が経過してもまだまだ他社の追従を許さないクオリティの高さを誇っています。

  「赤」「ディーゼル」「分り易いデザイン」で、一般のユーザーを惹き付け乗ってもらうことで、その実力を従来のマツダには見向きもしないタイプの「日本セダン党」にも広く知らしめたようで、メルセデスやBMWなどの輸入車セダンを専門に扱っている個人ブログなどにも、アテンザ試乗記が堂々の登場を果たしているのが目に付きます。これまでは国産セダンは全て「クラウンの亜流」みたいな捉え方をされている節があって、ドイツ車と比べたいという意識の片隅にも置かれないという扱いをされていました。そんな状況がここ数年でが大きく変わりつつあります。かつてトヨタ・アリストから脱皮したレクサスGSは、トヨタがドイツ車をバラして真似て作ったと揶揄されました。製造・コスト管理の世界的権威となっているトヨタですから、ドイツ車と同じ価格に設定すれば同等のものを作るのは簡単です。

  レクサスGSはその後の設計変更でドイツ車を幾多の面で超越した存在となり、「日本セダン党」にもその価値は十分に認められつつありますが、FF車にも関わらず一流セダンを愛好するアッパー層にも受け入れられたアテンザは、さらにドイツ車と日本車の垣根を取り払う見事な功績があったと思います。3代に渡って欧州で評価され続けたアテンザの実績は、ドイツ車好きの「日本セダン党」を納得させるのに大きな役割を果たしました。やはりアテンザに乗ってみて感じることは、ドイツブランドもレクサスも作り込み(熟成)に時間を十分に割けていないハンドリングやブレーキのフィールの完成度が異様に高いことです。しかしマツダにとって厳しいことを言うと、これくらいのアドバンテージで下剋上が果たせるほど甘くはないですし、ドイツブランドやレクサスは他の美点で十二分にこれらの弱点をカバーしてしまいます。

  実際のところ「ハンドリング」「ペダルフィール」「静粛性」「純正オーディオの音質」だけならばマツダはレクサス・メルセデス・BMW・アウディに全くと言っていいほど負けていません。しかしこれらはマツダが一流ブランドと同じ土俵に乗る為に必要最低限な事でしかなく、一方で一流ブランドにはそれぞれに必要十分とされる「乗り味」と「静粛性」をそのファン層から絶対的に評価されています。それをマツダ車が小賢しくいくら上回ったところで、なんら特別に高い評価が得られるわけではなく、「マツダもなかなか頑張ってるな」という、なんとも脱力気味のゆるい感想を持たれるに過ぎません。とりあえずマツダに対してとても好意的なユーザーでもなければ、パワーシートの機能や操作性がプレミアムブランドに劣っているだけでマツダの評価は下がってしまうでしょう。実際に某レビューでデミオのシートレバーの剛性の低さに厳しい指摘がされてました(私もそう感じたのでドキっとしました!)。マツダとしては痛恨の極みです・・・。

  GHアテンザで達成していた一流セダンに必要な素養を、出来る限り新型シャシーのGJアテンザへと受け継ぎつつ、ほかの一流ブランドには無い孤高の魅力として、「赤」「ディーゼル」「分り易いデザイン」を同時に打ち出して総合的な商品力の高さをPRしたのがGJアテンザ成功の本質だったと思います。さらに最先端と言っていい水準の「安全装備」が加わり、今回のMCによってより「プレミアム」なインパネを装備し、「ダイヤルセレクター」「マツコネ」「電気式ブレーキ」が付きました。人によっては前期GJからの乗り換えを考えるかもしれません。そしてせっかくマツダが値引きをせずに売ってきたにもかかわらず、前期GJの下取り価格は急降下する可能性もあります。実は先述の沢村さんが最新著作で「メルセデスのアプリ化」を危惧していましたが、アテンザもまたその罠の中に堕ちつつあるのでは?という気がしないでもないです・・・。ちなみに沢村さんは「アプリ化」を堕落と判じて痛烈に批判されてました。


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posted by cardrivegogo at 00:13| Comment(0) | GJアテンザ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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