2013年07月18日

新型アテンザの隣りにわざわざ2代目アテンザを停めてみた・・・。

  ちょっといやらしい話なのですが、最近はやたらと隣りに停まるクルマが気になって仕方ありません。マンションの駐車場でも、夜中によく行くスーパーやドンキの駐車場でもコンパクトカーやミニバンばかりの印象があります。2代目アテンザセダンをその中に停めれば、とても”艶やか”で”しっとり”としたスタイリングが目立って、所有していて良かったとつくづく思います。ただデザインより機能性を重視するクルマと比べていてもたいして満足はできないものです。それよりも隣りにトヨタやホンダのセダンが停まるととてもテンションが上がったりします。

  この1年の間で様々なクルマとご一緒させてもらいました。或る時はV36スカイラインに乗って来たオッサンが自分のアテンザをしげしげ眺めるのを遠目で見かけました。またある時はアルファブレラに買い物を積み込んでいるオッサンが、バックで停めようとするアテンザのリアデザインを噛りつくように見入っていました。スカイラインもブレラも好きなクルマなので、こちらもジロジロと見てしまうのですが、そういうクルマを選んでいる人がアテンザのデザインにビビッと来ている様子を見ると嬉しいです。

  アテンザを買ったばかりの頃は、有名な高級車のとなりに行けばやっぱりショボく見えてしまうだろうなという危惧も正直ありました。せっかく新車で買ったのにガッカリさせられるのもなんなので、できれば好デザインのクルマの隣りは嫌だなと思っていましたが・・・。ところがどっこい、混雑したデパートでたった一つ空いたスペースへ誘導されて両サイドがMBとBMW!なんて状況があったのですが、並べてみると、あらま・・・楽勝じゃないか(少なくとも恥ずかしくはない)。

  以来、ちょっと(かなり)強気になっていまして、今ではジャガーだろうがマセラティだろうが余裕じゃないの?という気分です。実際に隣りに並べてみないと分からないものですが、ジャガーXJはすでに経験がありまったくのノープロブレムでした。以来、ブログの他の記事でも「ジャガーとボルボはマツダのパクリ」とアジったりしています(ごめんなさい)。

  それにしてもマツダのデザインの賞味期限の長さにはとても驚かされます。2代目アテンザは2008年デビューで実はまだまだ経年というほどではないのですが、2003年デザインの初代アテンザ・初代アクセラ・RX-8が揃ってまだまだ現役デザインです。さらに英国誌選定の20世紀の名車デザインベスト100で日本車最高の12位となったRX-7FD3Sは別格としても、1994年の6代目カペラなども今でも十分にカッコいいデザインです。1994年頃のマセラティなんてダサすぎてとても乗れませんよ(失礼!)。

  さて先日、連れを家に送っていると突然「丸亀製麺が食べたい」と言い出すので、都道「尾根幹線」沿いの店に閉店間際に滑り込みました。閑散とした駐車場にぽつんと見えるのが、マツダが売り出し中の新型アテンザでした。店舗に近い位置ということで、すぐ隣りに停めることにしました。自分の”脳内”では2代目の完勝なのですが、デザインのマツダの最新作にして話題沸騰で「世界デザインCOTY」3位の実績を持っています。

  内心ドキドキしながらバックで停めて、外に出るとすぐに前面に回り込みました。「こ、これは・・・」意外にあっさりと自分としては結論が出ました。一言付け加えると、暗闇で照明を浴びると2代目アテンザはその妖艶さが引き立ち、昼間よりも断然にカッコ良く見えるので、この時の状況は2代目アテンザにとって圧倒的に有利でした・・・。なんで世間のジャーナリストは「アテンザが進化した」って言うのだろうかとつくづく不思議に思いますね・・・。


↓アテンザ3代はどれも個性があっていいデザインですね。初代の賞味期限の長さにもびっくりです。なぜ2代目以降は「黄色」がないの?










posted by cardrivegogo at 02:24| Comment(4) | GHアテンザ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2時間ほど、格闘したのですが、どうしても投稿できなかったので、前回のブログのコメント欄に投稿したら、なんとかうまくいきました。そちらを見てください。これは、スマホからの投稿です。
Posted by K.T at 2013年07月19日 20:57
  CARDRIVEGOGOさん、こんにちわ。

コメントありがとうございます。

1 トランクを開けることについて

普段は、リモコンスイッチでトランクを開けるので、あんまり問題は起きないのですが、私の場合、長距離運転をした時に(京都へ行く時や県外各地へのドライブ)、50歳の頃より腰痛がひどくなってきたので、次第に家内と交替で運転するようになりました。妻が運転しているとき、何かの機会にトランクから必要品を取り出すこととなり、途中で車を止めて私が外へ出て、トランクを開けようてします。その時、ボタンを押しても開かなかったり、たまたま開いたりすることが良くありました。結局、止まったとき、きちんとPにATシフトを入れてあるとトランクが開き、すぐ動かせるようにATシフトがDのままだとトランクが開かないと言うことになルことがわかりました。

極論で考えてみると、たまたま横断歩道をチョット過ぎたところで車をDのまま停車して、信号が変わって横断歩行中の子どもが黒いボタンに興味を持って、チョットトランクの黒いボタンを押したら、開いてしまうことになります。結局、ATシフトがDのときはそんな事がないよう開かないようにしてあるのだと思います。Pは一応、完全停車ということで、トランクが開くのだと思います(私の勝手な理由付けですが)。
ちなみに、マツダは対アメリカでの安全対策上(?)、新型アテンザでは、旧GHアテンザの黒いトランクボタンは、以前の見やすい場所でなく、トランクの下側(裏側)のやや見にくい場所に取り付けられ、一見して、ボタン(スイッチ)が見えなくなっています(安全対策上、改良されています)。

2 二つめのDC12ボルト電源の利用について

一つめのDC12ボルト電源は、レーダー用として常時使っています。北陸の冬はあまり天気がよくないので太陽光発電による充電が不十分に成るので、そうしています。アームレスト下の二つめのDC12ボルト電源には、スマホ用の充電装置をつなげて、いつでもクルマのなかで、スマホの充電が出来るようにしています。スーパーオーバックスで買った600円くらいの汎用型(確かiフォン5以外は使えると書いてありました)。私の機種はauのアンドロイドです。


3 マツダカードの利用について

いまから6年ほど前(定年になる少し前)、これまで入っていたカードの他に、マツダカード(M/ZPLUS) に入りました。定年を過ぎると、年収が少なくなってくるので、また利用限度額も少し低くなるので、年収が高い現役時代にはいりました。マツダカードは、洋服の購入の際や、車検の支払い、高速道路の支払い(ETCカード)などに活用しています。利点は、たまったポイントが、年1回のスノータイヤ交換に利用出来ることです(あとの一回は、3月のパックの定期点検時なので無料)。

一時、4台のスノータイヤを自分で交換していたときは、スノータスイヤの交換が出来なくなったときは、クルマの運転が出来ない高齢者だな、と思っていましたが、点検パックとポイントでこんなに早くスノータイヤ交換をしなくても良いことになるは、以外でした。こし、これには、新車の購入時期を考えて、点検が12月か3月にうまく来るようにする必要がありますが。以前二台ともマツダ車の時、ファミリアSワゴンは2月6カ月点検でしたが、時々、忘れて1週間ぐらい点検に出す時期が延びることも合ったので、Sワゴンは3月の7日ぐらいにタイヤを変えて、万が一、その後雪が降った場合はSワゴン2は乗らないでアテンザに乗る、という作戦(?)をたてていました。

 当時は、マツダ車を2台所有していたので、この頭脳的(正確には少しセコイ)作戦は奏功していました。今は、一台がホンダ車なので、スーパーオーバックスのポイントも貯めるようにしています。一度、楽を覚えたら、二度と、スノータイヤを自分で交換する気はありません(かつてスノータイヤがはずれず、裏側から「かけや(大きな木づち)」タイヤをたたいて、スノータイヤをはずしたという経験があります。一度も、そのような経験をしたことが無い人は、何も施設のないへんぴな場所で、タイヤなどがパンクしてその取り外しに苦労するという滅多に無い体験をするかもしれませんが。いまは、予備タイヤも多くのクルマに積載されていませんが。余談ながら、先日の新型スバルフォレスターには予備タイヤが積まれていました)。この項、マツダの宣伝になってしまいました。


4 ロードスター(コンバーチブル)とSUVについて

以前購入したマツダのロードスターやヨーロッパと日本の街並みと比較したクルマ文化論の本(マツダのロードスター開発者が著述)が、どこかへしまってなかなか見つからないので、資料のないまま書きます。
国がかなり北緯にあるため一年を通じて日射量が少ない北欧の人たちは、くる病(骨の病気。確か、太陽にあたらないためビタミンDが出来ないと成る病気)にならないよう、冬でもオープンカーに乗るようになったといいます。これとは逆に、太陽がさんさんとふり注ぐカリフォルニアの人たちは、澄んだ空気の素晴らしい天候の中で開放的な気分にひたるため、ロードスターやコンバーチブルのオープンカーに乗るようになったともいいます。実際、日本のように、劣悪な環境(すぐとなりにすごい排気ガスを排出するダンプカーがいる)の中でも(?)、ロードスターに乗っている人たちは、自分の頭のてっぺんが大空とつながっているというその開放感がたまらない、とも語ったりしています。地球そのものが我が家のように感じるとも言っていてたような気がします。春先、まだ少し薄寒い時期、クルマをオープンにして、暖房をガンガン聞かして走るのは、正に気分爽快とも言っています。

また、ある人は、加齢による若さの喪失を取り戻すため、これまでよりもハデな服装や派手なクルマ(二人しか乗れないとても贅沢なロードスター)に乗ることによって、精神のバランスを取る、いつまでも青春まっただ中にいる気分を味わうとも言われています。実際そういう高齢者はかなりいると思います。何しろ、ロードスターは二人乗りのくせに、屋根がないくせに、とても高価な値段がするので、アル種のステイタスとなりうるのですから。私自身は、長距離で走っているとき、突然大きな岩が落ちてきたり(岩でなくても先日の笹子トンネルの事故もありましたが)、急ブレーキでクルマが上向きに転倒したり、突然雨がふってきたり、停車しているときに、クルノの中を荒らされたり、また外で駐車しておいて帰ったら雨で室内がビショビショに濡れていたり、停車中に同乗者と共にジロジロ見られたり、‥‥‥、そんなことを考えると、とてもロードスターに乗る気にはなりません(全く庶民の感覚ですが)。

 恐らく、趣味として、2台目、3台目のクルマを所有する事が出来る人や前述の色々な条件をクリア出来る人たちも購入しているのかもしれません。それて、ロードスターー文化をこよなく愛する人も(イギリスに多いようですが。曲がりくねった道をロードスターで走る)。もちろん、こまめに幌をかけたり外したりする人は、ロードスター1台を所有して、充実したカーライフを送っているかもしれませんね。


次に、SUVについてですが、かつて私は、本気でCX−7を購入しようと思ったことがあります。理由は、腰痛のためです。ミーニアのように、車高1395oしかないクルマは、クルマに乗る時、潜り込むような形になるので腰に負担がかかり、確か車高1600o、最低地上高200o(?)のCX−7はとても魅力的に映りました。日本発売2カ月前くらいに、石川県の産業展示館の幕で囲った、「あるブース」で秘かにマツダ愛好者用のCX−7を見せてもらいました。当時は、純粋ナビ込みで300万円からでしたが。結果は大きすぎるのと、90歳になる母親が乗るには、後席が高すぎるということで、購入は断念しました。

 若い人はもちろんですが、比較的高齢者にSUV購入者が多いのは、SUVが腰痛持ちの人の乗り降りに楽なことや運転する時の着座感、乗り込む時の加減のよさ、トレンディさ(今風の乗り物)、トラックのように高いところから運転出来る、座席が高いので遠くを見通せる、つりなどの趣味で海や山に行くので比較的車高の高いクルマが必要、単純にカッコ良いと思うから・・等の理由があるのではないでしょうか。

最後にその他として、以前述べられていた、スーツのブランドについて述べたかった(私の推奨ブランド)のですが、力尽きました。それでは、一層充実した内容(特に我々のしらない外国のクルマ会社の動向など)を期待して、キーボードを打つのをやめることにします。
Posted by K・T at 2013年07月25日 15:32
オープンカー[ロードスター]について(前回の補足)

資料のないまま、そして心に残っているままオープンカー(前回は、ロードスターという言葉でオープンカーを意味しています)について書いたのですが、しばらくして、突然、平成25年5月15日に発売されたDVDマガジン−吉永さゆり・すべて私が選びました「私のベスト20」第14号「霧笛(むてき)が俺を呼んでいる」(赤木圭一郎主演、吉永小百合−航海士の親友の妹・ゆき子役で出演‥‥吉永小百合映画2作目の出演映画)のなかで、主演の赤木圭一郎(航海士・杉 敬一役)がオープンカーで吉永小百合を乗せて走る場面を思い出しました。

 当時、吉永小百合さんは15歳で、全20巻のうち、19巻が吉永さゆりさんの主演なのですが、この第15巻のみが赤木圭一郎が主演で吉永さんは共演者(つまり脇役)なのです。吉永さんは、夭折した赤木圭一郎との共演の思い出が印象深く、「私のベスト20」のひとつに。「無敵が俺を呼んでいる」(カラオケあり・ユーチューブに歌う赤木圭一郎の動画もあり)を選んだとのことでした。

 実は、私は夭折(ようせつ・・若くして死去)した赤木圭一郎の大ファンで、当然このDVDは購入しました。

早速、DVD資料を紐解いてみると、その白いオープンカーは「スポーツカー」として出ていました。以下は、その内容です。


「 杉(赤木圭一郎)が美也子(芦川いずみ)やゆき子(吉永)を乗せて颯爽と走っていたスポーツカー(オープンカー)は、1953年にイギリス最大の自動車メーカーであるブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が発売した「オースチン・ヒーレー100」。流麗なスタイリングで、北米を中心に人気を博した車種だ。
欧米では、1950〜60年代にかけてスポーツカーの黄金時代を迎え、MG、アストンマーチン、フェラーリほか優れた名車が続々と誕生。日本にも、輸出されていた。」


※ 赤木圭一郎は、私が小学六年生の時の冬に、日活撮影スタジオでゴーカートに乗っていて、日活スタジオの壁に激突して亡くなりました。彼は、石原裕次郎や小林旭と並ぶ、当時の日活の大スターの一人です。わずか、21歳という若さでした。

ところで、日産のダットサンフェレディもオープンカーでしたし、イギリスのMG−Bも、イタリアのクラシックカー・レースの「ミッレ・ミリア」に出場する多くのクラシックカーもほとんどがオープンカーだったような気がします。
 オープンカーは、きっと顔などにあたる風の爽快感などから、スポーツカーとしての魅力が一杯だったのでしょう(もちろん、速かったのでしょうが)。

 以前のテレビ番組・BS日本の「おぎやはぎの愛車遍歴」で、ある狂言師がたしかフェラーリだったか(?)、とにかくオープンカーを愛車として所有していて、そのオープンカーが押しボタン式でエンジンが化かつたのを鮮明に覚えています。プッシユ・ボタン式エンジンスターターにやや懐疑的だった自分にとって、「なんだ、こんな昔から。押しボタン式エンジンスイッチがあったのか」と思い、一度に現代のプッシュ・ボタン式スターターへの偏見がなくなったのを思い出しました。

それはともかく、オープンカー(ロードスター・カブリオレ)は、いわばスポーツカーと同じ意味合いに感じる人も多いと思います。とくに二人乗りのロードスターそうだと思います。カブリオレは四人乗りになるので、少し感じが違ってくるとは思いますが。

話は少し跳びますが、いつも太陽を目一杯あびたい・スポーツカーの代表的な形である・豊かさや豪華さの象徴でもある形。‥‥人々が忘れていたオープンカーやMG−B等のライトウェイトスポーツカーの素晴らしさを、再びよみがえらせたのが、ユーノス(マツダ)・ロードスターだと思います。そして、マツダ・ロードスターの発売は日本の車の歴史の中に燦然と輝いていると思います(話のオチがあまり良くありませんが)。
Posted by K・T at 2013年07月25日 23:58
K.Tさんこんにちは

コメントありがとうございます

先日の火曜日・水曜日で富山県の黒部ダムへ行ってきました。といってもアテンザが入ったのは長野県の扇沢までだったのですが・・・。

やはり中部地方の道はとても楽しいですね、長野県白馬の青鬼という集落を訪ねたり、姨捨の絶景から川中島方面まで見渡したりしてきました。温泉の入湯料が安いのも嬉しいですね。

天気がいまいちで、アテンザで2度目のヴィーナスライン参上だったのですが、ウェットコンディションでタイヤの手応えがいつも異常に怪しくて怖くてアクセル踏めなくてちょっと登りがかったるかったですね。

ロードスターなら長野の自然も満喫できて、軽量で登りももっと余裕で走れそうですね。それでも長野の幹線道路はかなり大型トラックが多いので、峠道ばかり選んで走る必要がありそうです。

ぜひスーツのお話も聞かせてください。楽しみにしています。
Posted by CARDRIVEGOGO at 2013年07月29日 00:04
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